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Creative Company Colors
メールマガジン特別企画
小説『キヨメガミ』

【第1話】

「こんな上位が来るとか聞いてないんだけど!」

邪神<ヨコシマガミ>から吹きつける邪気の奔流。
もし曝されれば身体、精神に不調を来すそれを
浄化師の女は印を結び、どうにか退けていた。

 

「がんばってください!…補助が追いつかない」

 

徐々に狭まってくる印の保護範囲内で
男は護符を作動させるが数秒と保たず焼き切れていく。
邪気の奔流は止まらない。

 

「もう…あぁ…」

 


ー1時間前。

 

人里から少し離れた山道。
夏も過ぎ、暑さもかなり落ち着いてきた季節の柔らかい朝陽が差し込み始めた早朝、和服をアレンジしたような衣服に身を包む2人組が先を急いでいた。

「ねぇ、まだぁ?」
「それ、何度目です?いい加減無駄なことに気付いてもらえませんか?」

 

退屈そうに女が言い、面倒そうに男が応える。

 

「景色変わんなくて地味なんよこの道。目がヒマじゃん」
「「目がヒマ」。新しい日本語作らないでもらえますか」
「使ってもいいよ」
「せっかく許可を頂いたところ恐縮ですが僕が使うことは一生無いです」
「遠慮すんなし。ホントは使いたいんでしょ?この照れ屋さんめ」
「そう見えるなら、視力矯正をお勧めしますよ。「眼鏡」ってご存じですか?」

 

女はどこ吹く風でケラケラと笑う。男も響かないのを承知で、適当に嫌味成分を含んだ言葉を投げ付けていた。

 

うーん、と大きく伸びをして、ギャル風の女…丹生(はにゅう)うめがダルそうに話し出す。

 

「で?この先のお社で何がなんだっけ?」

うめの問いに衝撃を受けた男…津守(つもり)かすみは呆れたように問い返した。

「珍しく起きていると思ってたのに、聞いてなかった?」
「うん、全然」
「はい?」
「ファンデ新しくしてみよっかな、もう少し明るめにしたらどうかな、とか考えてた。だってどうせちゃんとツモが聞いてるからいいじゃん」

話すうめは、浄化依頼の内容に関心がなく「対」の津守におんぶに抱っこという姿勢を、悪びれる様子はない。

 

「そういうトコですよ」
「ホントすまん。だから教えてカスミン」
「「そういう距離感」じゃない人から下の名前で呼ばれるの苦手なのでやめてください」
「ホントすまん」

軽妙なやり取りにみえて、その実、この2人の間にはまだ結構な溝がある。浄化依頼も今回を含めてまだ3回目であり、心の距離感を縮めるまでには当然至っていなかった。
津守かすみの生来の警戒心も強さもあり、心の距離が縮まるには、尚のこと時間を要しそうだった。

「この先のお社ですが…」

 


つづく

【第2話】

「この先のお社ですが、土地神様が祀られているようですね。この土地神様がお浄めの対象です。ひと月ほど前から異変が始まったみたいですね」

「異変」とは、邪気の増加による人心への悪影響や作物の不作、その他諸々大小含め総じて「良くないこと」が頻発することである。

「格は?「黒(こく)の黒(こく)」だよね?」
「僕らみたいなペーペーにそれより格上の依頼が来るわけないじゃないですか。いくら浄化院だってそんな無茶振りしませんよ」
「思うわけよ。もし「蝶」の確認した結果が間違ってて、行ってみたら「黒の赤(せき)」とか「黒の紫(し)」だったりしたら、って。めちゃコワじゃん」
「蝶の方々は優秀と聞いてますから、早々間違うことはないと思いますよ」

各地で発生した「邪神」の情報は、情報収集部隊「蝶」が収集して浄化院に報告され
それを元に浄化院が格付けを行い、適任とされる浄め師を派遣している。
浄化院からの依頼は実力に見合ったものが当てがわれることとなっており、浄化にあたる浄め師の安全はおおよそ考慮されていると言っていい。

うめが大きくため息をつく。

 

「ゆくゆくは「赤(せき)のなんたら」とか「紫(し)のこれこれ」も浄めることになんのかなァ」
「なるかもしれませんね」
「無理だわ〜怖いわ〜。鬱いわ〜」
「別にそうならなくちゃいけない決まりはないので、心配しなくていいのでは?」

 

うめの心配をよそに、かすみは興味のなさそうな返事を返す。
浄め師を束ねる組織「浄化院」は「邪神<ヨコシマガミ>」を便宜上9段階に格付けしている。
黒(こく)、赤(せき)、紫(し)の順に格が上がってゆき、それぞれにまた黒、赤、紫の格付けがされている。
今回うめ達が受け持つ浄化対象は「黒の黒」、最下格の邪神だ。

「赤(せき)はさ、なんとなくヤバみも想像つく感じじゃん?でも紫(し)はさ、なに?「紫の紫」とかどうなってんの?イミフじゃない?…国宝級?違うわ宝じゃないわ。なんで宝?んー…………伝説?伝説級?凄すぎて逆にイメージ湧かなくない?」
「とりあえず今日の「黒の黒」、お役目しっかりお願いします」
「なるほど了解でーす。スルーあーざまーす」

うめは話が勢いづくとなかなか止まらない傾向にある。が、かすみはそれを難なく止めることができた。
ほんの数回しか会っていない関係でこれが可能なのは、かすみの対人スキルが高い訳では決してなく、単に「話が長い人があまり好きではない」というだけのことで、容赦なくバッサリ行くことになんの抵抗もない。
が、ちょっとだけバツの悪さを感じたかすみが今度は自分から口を開く。

「邪神の最上級格「紫の紫」は、浄化院設立から2度しか観測されてません。戦国武将と、龍じ…」
「あっ、見てカスミン!お社あれかな!」
「…。ですね」

 

うめが指差す山道の先に、古びた社が見える。うめは意図してはいなかったのだが奇しくもバッサリ返された形になったかすみの気分は優れない。

「あれ?誰かいる…?」

まだ距離があってハッキリ見えないが、確かに社の前の鳥居のところに人影が見える。
近づくにつれ、女性らしいその容姿がだんだん見えてくるとうめの表情がだんだん曇っていき歩みも重くなっていく。

 

「う…師匠…」
「えっ?」

 

うめの師匠にあたる浄め師、山田ハナが鳥居に寄りかかったまま言った。

 

「遅い!」

 

つづく

【第3話】

「うめ。いま何時かしら?」
「えっ、と、6時、くらい、かな?です」

あたふたしながら師匠の山田ハナの問いに答えるうめ。そしてイライラがすでに爆発しているハナ。

「たまたま時間が空いたから、ちょっと様子を見に来てみれば。わたくしがいったい何時間待ったとお思い?」

鳥も驚く遥か上空からの上から目線で問いただしてきた。

「それは、あの、ハイ、ちょとワカンないです」
「あなたに教えたわよね?祓うのに1番良い時間。お忘れなの?4時よ!4!時!だいたいあなたはいつもそう。ちゃんと時間を守ったことがあって?普段からだらしのない生活をしているから(省略)」

ハナはうめの答えを食い気味に捲し立てる。普段の生活態度はこの際関係ないのに。
かすみがハナに気づかれないよう、うめの袖をちょいちょいと引っ張って耳打ちする。

「ちょっと、僕聞いてませんけどその約束。なんで共有してないんですか?言ってくれてればちゃんと考慮したのに」
「してないのよ約束」
「はい?」
「約束してないの」
「約束してない」
「そーいう人なの。ごめんね大丈夫、任せて」

お説教、というよりもはや小言に近しい悪口とも取れるものが早口すぎて長すぎてひとり悦に入っていて誰も聴いていないのだが、スマホ画面2スクロール分ほど喋り倒したところでタイミング良くうめが主導権を取り返した。

「お忙しいところ、ありがとうございます!ちょっとまだ慣れてなくて不安もあったので師匠がいてくれて心強いです!」

かすみに話すのとは全く違う、覇気覇気とした口調で真っ直ぐに放たれたうめの言葉に、ハナは耳を赤らめながらもにょもにょしだした。

「わ、分かれば、いいのよ…!…で、でもお祓いは、手伝ってあげられなくってよ…?あなたのお仕事なのだから、しっかりおやりなさい。ちゃんと見守っててあげるから…。さぁ、早く準備なさい」

ハナに見えない角度で、うめはかすみにドヤ顔でサムズアップをして見せる。
ハナの元で修行したうめは、ハナの扱いを完全にモノにしていたのだった。

山田ハナ。
二十代半ばにして浄化院の浄め師上位に数えられる実力の持ち主。先祖代々浄め師のいわゆる血統書付きの由緒正しい家系に生まれたエリートである。
通常「祓い」は浄め師と符術師の2人組で行うのだが、ハナは単独で「祓い」を行うことができる。符術による「ケガレ」の弱体化と、浄め師の浄化を1人で出来てしまうのだ。
浄め師単独で「祓い」ができるのは浄化院にも3人しかいない。その内の1人がハナである。
性格は至って真面目で言葉遣いも上品。思い込みが激しく、人の気持ちを考えずに行動してしまい、ちょっと押し付けがましいフシがある。が、本人に悪気は全くない。褒められ慣れていないのか恥ずかしいのか、褒め言葉やおだてにめっぽう弱い。
修行で面倒をみたうめのことも妹のように思っているところがあり、心配が先立つあまり勝手に早く来て待ちぼうけ、からの逆ギレ、というコンボまで炸裂させてしまったのだった。

「わたくしが付いてるから大丈夫。何があってもフォローしてあげるから、思いっきりやりなさい」

うめとかすみはそれぞれ準備に取り掛かる。

「なんか、ちょっとやりづらいですね」
「大丈夫、大丈夫。ホントのホントにピンチじゃない限り、手助けしてこないから。たぶん」

かすみが社を中心とした広い範囲に結界を張る。

「祓い」の開始だ。


つづく

【第4話】

「お願いします!」
顕現の陣を張り終えたかすみが、うめに準備が整った旨を伝えると、うめは「顕現の祝詞」の詠唱を始めた。

(お社を中心に据えた、三点の正確な符の配置。いいじゃない津守かすみ)
かすみに感心するハナ。

祝詞が響き渡ると、お社の前に平安時代風の装束を纏った人影、邪神<ヨコシマガミ>化した土地神が姿を現した。穢れてしまい、黒く濁ってしまっている。

祝詞を上げ終えたうめは、浄めの儀式に入る。
儀式は祝詞の詠唱と舞いを組み合わせたもので、熟練度により効果も高まる。
が、ハナのように生まれつき霊力の高い者はその限りではない。熟練した舞いでなくとも高い効果を得ることができる。

かすみが破邪護符を手に儀式中のうめの近くに立つ。
浄めの儀式の最中、何か起きた場合には符術師がフォローするのだ。
そもそも最初に張った結界の中に土地神を顕現させているので、何かあることは殆どないのだが万が一に備えるよう態勢を整える。

「…変です」

最初に気付いたのはうめの近くから土地神を見ていたかすみだった。
通常、浄めの儀式を行なっていると、穢れて濁った色をした土地神が白色に変化していくのだが、目の前の土地神は一向に濁ったままだった。
浄めの力が届いていない。

「どういうことです!?」

濁ったままの土地神はゆっくりと右手を持ち上げ、掌をうめに向けると強力な邪気を放出した。

うめが咄嗟に手で守護印を結ぶ。
簡易結界により邪気の奔流を退ける空間ができる。

「これ黒の黒!?ウソでしょ!?」

簡易結界が端からどんどん侵蝕され範囲が狭まってくる。

「ちょっと…!こんな上位が来るとか聞いてないんだけど!」

かすみが破邪護符を起動させうめの守護印をサポートする力を送り込むが、邪気が2人の力を完全に上回っており護符を起動させるそばから次々と焼き切れていく。

「がんばってください!…補助が追いつかない」

うめの守護印の範囲が狭まっていく。

「あぁ……もう…」

2人が邪気の奔流に飲み込まれる瞬間、ハナが短刀を抜き土地神の前に躍り出て邪気を放つ右手を弾き上げた。
ハナはそのまま続けて斬撃を繰り出し、上段から渾身の一刀を振り下ろすと濁った穢れは消え去り、光に包まれたのちに煌めく粒子となって土地神は浄化された。

「師匠…。ありがとうございます」
「良くってよ。あれはあなた達の手に負える格ではなかったわ」
ハナは神力が込められた神器「瑠璃の短刀」を鞘に納めながら、うめ達の元に戻ってきた。

「どういうことでしょう…?浄化院の先見が見誤ってたんでしょうか…?」
「先見は正しくてよ、津守かすみ」
「じゃあどうして」
「土地神が顕現したあと、邪気が増幅されて格が上がったの」
「そんなこと、あるんですか?」
「ないわね。見たことも聞いたことも。結界の中で自然にそうなることはあり得ない。これは、外から邪気を注入されたわね」

想像もしていなかった事象に、顔を見合わせるうめとかすみ。実際に体験してしまった2人は思考がまとまらない。
ハナが続ける。
お社の脇にある木に向かって。
「こそこそしてないで、出てらっしゃい」

うめとかすみが同時に木の方へ顔を向けると
木の影から黒い巫女装束のような姿の女が歩み出てきた。

「さすが。実力トップの浄め師は違うわね。山田ハナ」
「あら。私を知っているなんて。目の付け所は褒めてさしあげますわ」

黒巫女装束の女はにこりと笑顔を見せながら、うめ達との距離を詰めてくる。

「知ってるも何も。浄化院の浄め師のことは全員頭に入ってるわよ。こんな早く会えるとは思ってなかったけど、私は運が良い。山田ハナ。あなたの力、頂くわ」


続く

【第5話】

【第6話】

【第7話】

【第8話】

【第9話】

【第10話】

【第11話】

【第12話】

【第13話】

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